死刑の現場で秘められてきた事実/『教誨師』

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 現在、日本には131人(2013年12月末現在)の死刑確定囚がいるが、彼らと日常的に面会し、最後は死刑執行の現場にも立ち会うのが教誨師だ。この仕事は無報酬のボランティアで、宗教各派から派遣されている。本書は、半世紀にわたり死刑囚たちの死に立ち会い、一昨年12月に81歳の生涯を閉じた浄土真宗の僧侶、渡邉普相の生前のインタビューと彼が密かにつけていた日誌をもとに書かれたドキュメント。教誨師は秘密保持を義務づけられており、渡邉も生前の発表を禁じていたという。

 広島県の山村の寺に生まれた渡邉は、広島市内の中学校に進むが、3年生の夏、原爆投下に遭遇する。ほとんどの同級生が亡くなる中、奇跡的に生き延びた。この強烈な経験が、彼に教誨師への道を選ばせたといえる。彼は死刑囚たちと会話を重ね、処刑に立ち会う。

歎異抄』の悪人正機説に触れ、親鸞に関するあらゆる書を読破した強盗殺人犯。発覚していない3件の殺人を告白し、「私のような人間は死刑になるより道はないんです」という連続女性殺人犯。実母に捨てられた怨みを抱きながら、処刑のとき「お母さん、お母さん!」と叫び続けた殺人犯。世間を震撼させた連続強姦殺人事件の大久保清は、「焦点の合わない虚ろな暗い瞳」をして最後のタバコを軽く一息吸い込んで静かに刑に臨んだ。ある女性死刑囚は首に縄をかけられようとして、「もう二,三日、待ってもらえないもんでしょうか?」と哀願した。

 死刑を「人殺し」と公言する渡邉は、「真面目な人間に教誨師は務まらない」という。そして、心身共に疲労し深酒を重ねアルコール依存症に陥る。本書は死刑制度の是非を問う書ではない。死刑が実際に行われている現場で、死刑囚は何を語り、処刑に立ち会う者は何を見るのか、秘められてきた事実をありのままに書き残そうとする試みの書である。それは、「死刑」そのものを問う書でもある。

[評者]山村杳樹(ライター)

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