外見はそっくり性質は真逆の理由/『あなたはボノボ、それともチンパンジー?』

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 文字の理解や食べ物の交換など「賢いサル」「最も人間に近いサル」として知られるボノボが、チンパンジーの亜種ではなく、新種の類人猿として「発見」されたのは二十世紀も二〇年代に入ってからのこと。新種発見といえば深海生物や小昆虫のできごとくらいに思われていたのに、大型哺乳動物が新発見されたのだから、当時大騒ぎになったらしい。

 ボノボは外見上ほとんどチンパンジーと区別できず、系統樹的にも最も近縁だ。互いに分岐したのが百万年前で、両者の共通祖先とヒトとが分かれたのが七百万年前。さらに三者の共通祖先とゴリラの分岐が一千万年前で、東南アジアにすむオランウータンとの分岐はさらに遡って二千万年前……。現在の生息域は中央アフリカ・コンゴ川左岸の熱帯雨林に限られ、右岸のチンパンジー生息域とは截然と区別されて交わることがない。

 そのボノボ、外見の相似とは異なり、気質や行動、他者との関係の仕方などチンパンジーとは正反対のものも少なくない。たとえば最強のオスがメスを独占するチンパンジーと、すべてのオスにそれなりのチャンスが認められるボノボ。他集団には専ら攻撃的なチンパンジーと、融和的・友好的なボノボ。オスの発言力が圧倒的なチンパンジーと、メスも十分影響力を発揮するボノボ……。

 考えてみると分岐以来、百万年程度しか経っておらず、遺伝子的な差異もごくわずかなボノボとチンパンジー(そしてヒト)が全く異なる行動をし、真逆の社会を築くのはなにゆえか。長年コンゴでボノボの生態観察を続けた著者は、メスを巡る争い「性的競合」という観点から説明を試みる。実際のフィールドワーク(その様子がまた面白い)に基づく推論なだけにきわめて説得的だ。ヒトの家族制度の起源にまで説き及んでくれる。

 最強のオスがメスを独占し、劣位のオスは上位者の意をくむべく虚々実々のかけひき。著者はそんなチンパンジー社会を、性ゆえに「袋小路に陥った社会」と見る。チンパンジーは元来が少産で多保護型の子育てをするため、五、六年の育児期間中メスは発情せず、集団内に性交可能なメスは意外に少ない。それがまた、最強オスの独占欲を刺激する。そんな袋小路を避けるボノボの戦略は、メスのニセ発情。排卵期以外にも発情と見せかけオスを誘う。その分、性交可能なメス数は増え、最強オスも独占は諦める。自然に融和的で穏やかな気分が集団内に漂うというわけだ。

 ついでながらヒトが選んだのは発情と排卵日の隠蔽。発情をなくすことで季節に関わりなく可能になった性交は、男女間に強固なパートナー関係を育て、メスの側からするならオスを恒常的に子育てに協力させることに成功した。つまりは核家族の成立であると。ウーム。

[評者]稲垣真澄(評論家)

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