自死者の「孤独」に寄り添う/『自殺』

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 ストレートで強烈なタイトルだ。しかし、著者が7歳のとき、母が隣家の7、8歳年下の青年と「ダイナマイト心中」を遂げたという苛烈な体験を持つことを知れば、この書名こそ本書に相応しいとも思える。「自殺する人はみんな孤独です。孤独に、ひっそり死んでいくのです」という著者は、自殺について倫理的な善悪の判断を下そうとはしない。道学者風の説教を垂れるわけでも、社会学的な分析を行うわけでもない。そういう評論家的な位置からではなく、自らの人生経験を語るなかで、かれらの「孤独」に寄り添っていこうとする。

 17歳のときに両親が心中した若い女性の話に耳を傾け、自殺の名所、青木ヶ原樹海を探索する。また、心中した母を筆頭に、イスラエルのパレスチナ侵攻に抗議して焼身自殺した活動家、ガン手術後も酒を飲み続けて「緩慢な自殺」をしたフリーライターなど、身の周りに数多くいた自死者たちの面影を追う。と同時に、自身の鬱病、ギャンブル癖、投資の失敗と莫大な借金、離婚と再婚、大腸ガン手術などが語られていく。

 語り口は淡々として抑制が効き,自らの愚かさにも目を背けない姿勢に好感が持てる。本書は単なる自殺論としてだけではなく、著者の誠実な自伝としても読むことができる。印象的なのは、「イエスの方舟」の主宰者・千石剛賢氏を博多に連れ合いと訪ね、聖書と出会う件。著者は、ここで「相手の中に自分自身を見ることができれば、その人を本当に愛せることができ」ることを知ったと書く。

 暗く陰鬱なテーマに満ちた本書だが、読後感は意外なほど陰惨ではない。というより柔らかな光が差しているような暖かみが感じられる。それは、自分がなにものかに生かされてあるという信仰のせいなのか、あるいは「生きづらさを感じている人こそ、社会にとって必要な人」という著者の言葉が、経験を通して深く信じられているからなのかもしれない。

[評者]山村杳樹(ライター)

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