エンデの迷い道/『ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと』
ミヒャエル・エンデという名前も『モモ』や『はてしない物語』という童話があることも小さいころから知っていた。しかし、僕が初めて触れたのは最近のことである。岩波書店による箱入りハードカバーの装幀は、その佇まいだけで創造力を刺激し、つい読んだつもりになっていたらしい。手を触れていただけだったことに気付いて、大人になって読むようになった。しかもまるで迷路の終着点で待っていたかのように出会った。それは四年ほど前のこと。僕は一冊の本を書いていた。
「人間は土地を所有することができるのか?」
これが執筆中だった本の主題の一つであった。土地所有の歴史についてであれば参考文献がたくさんあるのだが、土地の所有自体を根本から考える本というのはなかなか見つからない。僕はようやく19世紀後半にアメリカの作家ヘンリー・ジョージによって書かれた、土地は全ての人間が共有すべき資源であるという考えに基づいた『進歩と貧困』という本を見つけた。さらに彼の考え方を批判、進化させたドイツの経済学者シルビオ・ゲゼルの『自由地と自由貨幣による自然的経済秩序』という本を手に入れた僕は、彼の土地を公有化するためのアイデアと、価値が経年変化しないお金を「腐らせる」という考え方に影響を受けていく。
広尾の都立中央図書館に籠って、それこそ本から本へと旅をしていたときに、僕はエンデと出会う。彼はゲゼルの影響を受け『モモ』の着想を得たという。ようやく会えたその本には、僕がかねてから書きたいと思いつつも具体的には全くイメージすることができなかった言語が印刷されていた。童話でも思想書でもなく、ほとんど誰も関心を持っていない粒のような疑問を拾い集めて「問い」にするという行為が真空パックされていたのだ。出会うタイミングまでが本には設計されているのかもしれないと僕は図書館できょろきょろしてしまった。
今回のとんぼの本のタイトルには「教えてくれたこと」とあるが、書かれた本の主題というよりも、彼の創作に対する「態度」に注目しているところが興味深い。売れない画家であった父親エトガー、隣に住んでいたこれまた売れない画家ファンティおじさんなどから、世界恐慌や、ナチスの台頭にさらされながらも創作の喜びを教わり、彼もまた紙と鉛筆で新しい世界を作ろうと試みる。彼が作家になるまでのバイオグラフィーはまるで冒険物語のように読めて楽しい。小学生時代のノートの図版が掲載されているが、そこに彼がその後書こうとした本、空間の萌芽がすでに見える。
『ジム・ボタンの機関車大旅行』『モモ』そして『はてしない物語』とエンデは三冊のベストセラーを世に送り出すことになるのだが、本が売れ、社会に浸透していくにつれエンデは毎回困惑する。そのときにどのような態度で次の作品へ向かったのか、この本はそこに焦点を合わせている。ジム・ボタンからモモまでは13年の月日が流れているのには驚いた。
エンデは一見、ファンタジー作家であるとか、新しい通貨の在り方や政治にも提言した活動家であるとか、正体がなかなか分からない複雑さを持ち合わせている。そして、つい彼が書いた言葉を切り取って、エンデの思想はこうだと思い込んでしまう。でも本書を読むと、エンデはしっかりと悩んでいた。なすすべもなく立ち尽くし、どこかに放っておいたメモや落書きをヒントにして、まだ見ぬ、定まっていない自分の思考へとジャンプしようと試みようとしていた。つまり彼自身よく分からなかったんだろう。だからこそまわりから笑われてしまいそうな問いを立てることができたのだ。そのことに気付いたときに僕も『モモ』と会った。「ツイテオイデ!」と呼びかけられたのだ。