医学では解けない人体の謎/『宇宙生物学で読み解く「人体」の不思議』
「宇宙生物学」なんて、何やら地球外生命体やUFOの研究でもするのかと思っていた。だが実際は、宇宙全体という広い視野で生命の成り立ちや起源を解明する学問らしい。それでも手に取ったのは「感染症になると貧血になるのはなぜ?」という帯の一文に興味を持ったからだった。眉に唾して読み始めたら、第1章からツボにはまってしまった。
海から発生した生物にとって、海水に大量に含まれるナトリウムは極めて重要で、神経細胞や筋肉細胞などの活動を媒介するなど、生命活動には欠かせない。しかし、原初の地球には海はなかったという。海の原形は氷でできた彗星が多数地球に衝突することで誕生したが、まだ塩酸の海。これでは生命は誕生できない。
生命誕生に大きな役割を果たしたのが「月」だった。約四〇億年前、月と地球の距離は現在の一二分の一しかなく、月の引力は百倍以上。当然、潮の満ち引きも激しく、多くの陸地が海に浸食された。その時、岩石に含まれていたナトリウムが溶け出し、今のような海になった。その後、月が遠ざかるとともに引力は弱まり、海が安定したために多細胞生物が誕生できた。海で誕生した生物がナトリウムなしに生きられないのは、宇宙生物学的には当然という。
これでページをめくる手が止まらなくなった。読み進めれば、「生物が炭素でできている理由」「地球上の生物全てがDNAを持つ理由」「酸素をめぐる癌細胞と正常細胞の攻防」など、目からウロコの解説が続き、最終章で帯で見た「感染症と貧血」が説明されるまで一気に読んだ。タネ明かしは避けるが、要は人も病原菌も地球の重量の三分の一を占める鉄を利用しており、貧血になるのは病原菌を兵糧攻めにしているからだという。
信じる信じないは読者次第だろうが、「どうして海はしょっぱいの?」「どうして血は赤いの?」という子供の質問にドラマチックな説明がしたいなら、本書は必読だ。