全死者の30人に1人は自ら死を選ぶ 急増するオランダの「安楽死」
この10月、読売新聞の全国世論調査で81%が「延命治療を望まない」と回答したという。治療の見込みがなく、耐え難い苦痛に苛まれたとき、人として尊厳を保ったまま生を終えたいというのは自然なことだろう。
ところが同調査でリビング・ウィル(尊厳死を望む場合などの事前の意思表示)を作っているかとの問いに「すでに作っている」と答えたのはたったの1%だった。日本ではまだまだ終末期の対応について、十分に考えられているとは言えないようだ。
日本と同じく高齢化が進む世界の国々ではどうだろうか。2002年に「安楽死法」が施行され「死の権利」運動の先頭を走ってきたオランダ。そしてその運動は欧州各国に広がりを見せていた。
『安楽死のできる国』著者の三井美奈氏(読売新聞パリ支局長)が『新潮75 どうする超高齢社会』で欧州各国の安楽死の現状について解説する。
■全死者の30人に1人
2002年、世界をあっと言わせたオランダの安楽死法は、延命治療を拒み、自分の意思で尊厳ある死を迎える権利を確立した。だがそれはパンドラの箱でもあった。
政府統計によると、安楽死件数は急増した。2003年には1626件だったのが、2012年には4188件。全死者の約30人に1人の割合だ。この国では自分で最期を決めることが、当たり前になってきた。
オランダで安楽死合法化運動を進めてきた「死の権利協会」の事務局長ペトラ・デヨング氏はこう言う。
「健康な20代の自殺志願者に『致死薬をやれ』というのではありません。若者には未来がある。でも、老いという苦痛は絶対に解消できない。せめて尊厳を保って死にたいという望みを国や社会が阻止してよいのでしょうか」
■欧州各国に波及
オランダに触発され隣国ベルギーでも2002年、安楽死法が成立した。ルクセンブルクも2009年に続いた。スイスは自殺幇助による安楽死を1941年から認めてきた。オランダやベルギーの合法化後、英国やドイツ、フランスの安楽死志願者が「死ぬ権利」を認めない母国に抗議し、続々スイスに向かうようになった。
現在、注目されるのはフランスだ。昨年、社会党のオランド大統領が就任し、17年ぶりの左派政権が誕生した。オランド氏は大統領選で「末期患者に尊厳ある死を」と公約していた。世論調査では、国民の86%が安楽死の合法化を支持した。欧州の大国フランスが容認に踏み切れば、その影響は計り知れない。
■安楽死法の前提条件
オランダで安楽死法が成立したのには四つの条件が整っていたからだ。その条件とは、「公平で充実した福祉」「信頼度の高い医療」「個人主義の徹底」「教育の普及」だ。ユーロ危機で「充実した福祉」の先行きが見えなくなってきた今、安楽死法は貧しくて孤独な高齢者を死に追い込むワナにならないだろうか。
日本でも高齢化が進み社会福祉の先行きは怪しい。またリビング・ウィルの法制化には53%が消極的だ。「患者の自己決定権」の要求は欧州とは違い声高には聞こえてこない。
よき死とは自分で決める死なのだろうか。「死の権利」は各国に重い問いを突きつける。