野生を失った人類の皮肉/『わたしたちの体は寄生虫を欲している』

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 一時期流行った「寄生虫ダイエット」の類の本ではない。現代を生きる人類に新たな視点で警鐘を鳴らす、ポピュラーな進化生物学の書である。
 改めて本書のタイトルを見てほしい。約四〇〇万年続く人類の歴史のほとんどの期間、ヒトは腸内に寄生虫や細菌を棲まわせて生き、それに適応するように進化してきた。ところが都市文明は清潔を求めるあまり、肉体の都合を聞くことなく寄生虫や細菌を駆逐してしまった。ところがヒトの免疫システムはまだ、その清潔な世界に対応できていない。つまり、タイトルの真意は「ヒトの体はすでにいなくなった寄生虫を今も退治したがっている」なのである。
 その根拠として著者は、寄生虫が駆逐されていく過程で発症率が上がってきた「都会病」、すなわちクローン病、炎症性腸疾患や多くのアレルギー疾患などを例に挙げる。これらの多くは、ヒトの免疫システムが消化管を攻撃することが原因とされている。実際、体内にブタの線虫を入れたネズミは炎症性腸疾患になりにくいという実験結果がある。また、クローン病患者の肉体にブタの鞭虫を入れるという現代の医学に逆行する実験を行い、患者たちの健康を取り戻した科学者もいる。それを詳述することで著者は、働き過ぎてしまいがちな免疫システムを寄生虫が調整しているのではないかと説くのだが、これは実に説得力がある。
 本書ではさらに、ヒトはなぜ暗がりを恐れるのか、なぜヒトには体毛がないのか、五感の中で視覚が特に発達した理由は何かなどについて言及している。そうした謎を解くカギはどうやら、捕食者に怯え、病気を恐れていた、「すでに失われてしまった野生時代」にあるようなのだ。
 現代を生きる我々の肉体は、人類誕生当初から悩まされ続けてきた不便を克服した結果、慣れ親しんだ野生の暮らしを失い当惑している――。失われつつある自然や人類の未来図について改めて考えさせられた。

[評者]鈴木裕也(ライター)

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