課題と負債抱えての「黄金の3年」 永原伸/『安倍晋三 逆転復活の300日』【書評】
政治部に配属されて間もないころ、先輩記者に言われた言葉がある。
「われわれの仕事は、走りながら考えることだ」
永田町を駆け回って情報を集めるだけではだめだ。その政治現象の意味するところをきちんと考察しながら記事を書け。しかし、日々の締め切りがあるのだから、学者のようにじっくり構えて分析するわけにもいかない。だから走りながら考えろ! というわけである。
「虫の目、鳥の目、魚(さかな)の目」というのも、先輩記者から聞いた言葉だ。
われわれは新聞記者なのだから、あくまで事実にこだわって、たくさんの事実を拾い集める「虫の目」をまず持たねばならない。他方、これまでの歴史的経緯や国際情勢の中で、どのような意味を持つ政治現象なのか、自問自答しながら取材することも大切だ。縦(歴史)と横(世界)を意識して全体を俯瞰する「鳥の目」も持つようにしたい。さらに欲張って、この出来事は将来どのような歴史的位置づけになっていくかを洞察する、先の流れを読む「魚の目」も併せ持てば最高だ……。
実際どこまでできているかと言えば内心忸怩たるものがあるが、それでも、読売新聞政治部は「走りながら考える」ことや「虫の目、鳥の目、魚の目」をつねに意識して、日々の政治報道に努めているつもりだ。
安倍晋三氏が昨年9月に自民党総裁に返り咲き、昨年12月の衆院選に続いて7月の参院選でも大勝するまでを詳述した本書も、政治部記者が「走りながら考えた」日々の政治記事をベースに書き下ろしたものである。
本書は、読売新聞政治部が新潮社から昨年出版した『民主瓦解―政界大混迷への300日―』と連続性のある内容となっている。『民主瓦解』は、TPP(環太平洋経済連携協定)問題や消費増税をめぐって野田政権が混乱を重ねた末、民主党分裂に至る1年間を検証したものだ。民主党政権に対する審判の場となった2度の国政選挙をカバーする本書が、『民主瓦解』と連なる内容となったのは、当然と言えよう。
問題はこれからである。
次の参院選も衆院議員の任期満了も3年先だから、選挙のことを意識しないで政策の遂行に専念できる3年間になる――という意味で使われる「黄金の3年間」について、筆者は本書のあとがきで次のように書いた。
「黄金の3年間」とは、それ以前の3年間、すなわち鳩山政権に始まる民主党政権3年で失ったもろもろのもの――同盟国・米国との信頼関係が著しく傷ついたことや、それに伴う外交力の低下、あるいはデフレ脱却の糸口をつかめず、グローバルな産業競争力が徐々に失われ、衰微する一方だった日本の国力――を何としても取り戻してほしいという、半ば切実な願望を込めた言葉なのではないか。
しかし、アベノミクスを腰折れさせないよう気を配りながら、経済成長と財政健全化の二兎を追うのは容易ではない。安倍首相が意欲をみせる集団的自衛権の政府解釈見直しも、歴代政権が成し遂げられなかった懸案だ。何より、民主党政権3年の失政という負の遺産は、政権が民主党から自民党に代わったからといってチャラになるものではなく、この国に重い負債として残っている。
いまは日本の政治を長年苦しめた衆参「ねじれ」が解消して霧が晴れたような気分に浸っているが、課題と負債の重さを思えば「黄金の~」と形容できる3年となるのか、はなはだ心もとない。先輩記者の言う「魚の目」が利かない状態にあるというのが偽らざるところだ。
とは言え、政治部記者がこの1年間「走りながら考えた」集大成である本書は、安倍氏の思考法や政権課題への認識などのことも、首相自身や側近議員への取材を基に記述している。「黄金の3年間」の政権運営を託された安倍首相の最初の1年を振り返ることは、この国にとってきわめて大事になる向こう3年間を洞察するうえで有力な材料となるだろう。
本書が、日本の政治のこれからを考える一助となることを願っている。
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