「観光の視線」で見る被災地の姿/『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』

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 ページを開くと、金色の壁に挟まれた長い廊下の写真が目に飛び込んでくる。写真説明はキリル文字で、古いSF映画のセットを思わせる光景が何を示すのかわからない。取材レポートを読み進めると、これがチェルノブイリ原発の一号機から事故を起こした四号機まで数百メートルも続く、通称「金の廊下」と呼ばれる動線部分だとわかってくる。
 著者を代表して東浩紀が編集後記に書くように、つらぬかれているのは〈素人の視線〉であり〈観光の視線〉だ。チェルノブイリについては、一九八六年の事故以来、さまざまな情報が流通してきた。哲学者、ジャーナリスト、社会学者らからなる取材陣はもちろん綿密な下準備をしたうえでNPO主催のツアーにのぞむのだが、そうした知識をいったん捨てひとりの観光客になりきり、見聞きし感じたことを大切にしてこの本を書いた。
 二〇〇〇年に〈完全閉鎖〉と報じられたチェルノブイリ原発だが、電力の五〇%を原発に依存するウクライナで、送電を中継するハブ施設として一部は稼働中だ。取材陣は、原発の制御室に案内されれば硬い笑顔で記念写真を撮り、いまは使われていないハンドルやボタンにこわごわ触れてみる。読者が同じようにツアーに参加し追体験することも可能で、まさしくこれはガイドブックだ。
 事故により、住み慣れた土地から退去させられたが許可なく戻って住みついている〈サマショール〉と呼ばれる老人のインタビューがある。タルコフスキーの映画にちなんで〈ストーカー〉と呼ばれるようになった、立ち入り禁止区域(ゾーン)の案内人らのインタビューも。チェルノブイリが舞台の「S.T.A.L.K.E.R.」というゲームを通して関心を持ち、この土地を訪れる若者が増えたというのも事実として興味深い。
 本書の第二弾に予定されるのは『福島第一原発観光地化計画』で、この「観光地化計画」実現のための第一歩がチェルノブイリ訪問である。本書の津田大介のすぐれた論考「チェルノブイリで考える」によれば、被災した建物を「震災遺構」として残すかどうかは東日本大震災の被災地でも意見が二分されるそうだ。
 風化に抗い、将来にわたって記憶を共有し継承していくには思い切った方法論が必要で、この本はそのさまざまな具体的手がかりを与えてくれる。災害や事故の記憶と〈観光〉という言葉は一見、相いれない。ダークツーリズムという言葉も耳慣れないが、広島や長崎、沖縄を先行例として考えてみることもできる。
 本書で東らがインタビューした、〈ゾーン〉のツアーを企画する旅行会社代表の〈世界はきわめて脆い存在であることを訴えていかなければならない〉という言葉には強い説得力がある。

[評者]佐久間文子(文芸ジャーナリスト)

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