驚くべき品種改良の歴史/『食卓のメンデル』

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「遺伝子組換え食品は、あなたの口にも届いています」――帯の刺激的なコピーは、密かに広がる遺伝子組換え食品の流通に警告を鳴らしているかのようだが、意味するところは全く逆。「育種と品種改良の歴史をひもとけば、遺伝子組換え食品をあなたはもうとっくに食べていますよ」ということなのである。
 本書は科学者の視点から、「植物の遺伝子組換え技術」を品種改良という「人類による植物利用の歴史」の中に位置づけし直す試み。遺伝子組換え=悪玉という固定観念を打ち払う啓蒙の書と言えなくもないが、「だから危険ではない」というプロパガンダが随所に埋め込まれていて、無邪気に評するのはためらわれる。
 それでも、ふんだんに紹介される育種の実例や、最新の遺伝子組換えの技術解説は非常に読み応えがある。特に驚くのは化学物質や放射線を使った突然変異種の創出が早くから行われていたことだ。例えば1956年には既存の大麦にガンマ線を照射して突然変異を誘発、モルトウイスキー用の貴重な品種が生まれている。1930年代にはコルヒチンという化学物質を使った種なし果実の新品種作りが大流行した。育種は確率との闘いであり、冷やしても濁らないビールを作る大麦を得るために、1850万株に化学的変異を起こさせたという。
 こうした人為的な改良種は現在でも数多く流通しているのに「遺伝子組換え」とは呼ばれない。一方、微生物の遺伝子を組み込むなどして生み出された分子生物学的な「遺伝子組換え食品」には厳しい規制がある。人口爆発と食糧危機が不可避な中、それでいいのかというのが本書の問いかけだ。確かに大事な問いだが、途方もなく歩留まりの悪い育種と、分子レベルで直接行う効率的な遺伝子操作を同列で論じるのは、そもそも無理があろう。とはいえ、そうした“偏り”を含めて、「自然とは何か」という根本的なところから思考を促す一冊であり、遺伝子組換えを知る新しい参考書であることは間違いない。

[評者]鈴木裕也(ライター)

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