日本を手本とした元首相の回想録/『マハティールの履歴書』

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 本書は、一九八一年から二〇〇三年まで二十二年間にわたりマレーシアの首相を務めたマハティール元首相による回想録である。第I部は二〇一一年に刊行された回想録の抄録、第II部は一九九五年に日本経済新聞に掲載された「私の履歴書」という二部構成で、日本の読者の興味に応える編集がなされている。
 マハティール首相の名が日本人の耳に親しいのは、彼が首相就任直後に策定した「ルック・イースト政策(東方政策)」による。経済発展のモデルを欧米ではなく日本に求めるというこの政策の発案は、一九六一年の初来日に遡る。当時、政治活動の傍ら小さな薬局も経営していた著者は、取引のあった武田薬品工業を見学する。そこで目にした日本の発展ぶりに強い印象を受け、日本人の「職業倫理、仕事へのこだわり、規律正しさ、完璧を求めるところ」を見習おうと決意する。
 イギリスの植民地だったマレーシアには欧米崇拝が色濃く残り、当初この政策は評価が低かったという。しかし、著者は、二〇〇年をかけて発展した欧米に、極めて短期間に追いついた日本にこそ学ぶべきだという信念を変えなかった。
 本書には、マレー民族としての誇り、アジア的価値観の肯定的評価、ヨーロッパ文明に向けられる冷静な視線など、著者の強烈な個性が溢れている。相手が超大国であろうと「米国がイラクにしようとしていることは、白昼強盗と同じだった」と筆鋒鋭く指弾し、戦争の無益さと犯罪性を糾弾する件(くだり)からは、この政治家の生涯をかけた熱い思いが伝わってくる。日本政治について、自分の首相在任中、日本の首相が八人も代わったことを指摘し、「それでも日本が立派にやってこられたのは、勤勉で優秀な国民と健全なビジネスマンの力だと思う。最近私は、日本の政治家は、民間の人々とはどうも違う人々であるとの印象を強めている」と一九九五年に、書きとめている。昨今の日本における政治家たちの暴言、暴走は、著者の直感が正しかったことを証している。

[評者]山村杳樹(ライター)

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