闇社会の金を巡る行動原理/『大阪府警暴力団担当刑事―「祝井十吾」の事件簿―』
東京の盛り場を根城にする、ある暴力団の組長にインタビューしたことがある。会見場所には彼らの縄張り内にある料亭を指定された。若造だった私は編集長とデスクに呼び出され、しつこく注意を受けた。「代金は絶対相手に支払わせるな。恩に着せられて、骨の髄まで利用されるぞ!」。取材終了後、支払いをしようと立ち上がると組長は、「お兄さん、ここは私のシマですよ。恥をかかせないでくださいよ」。結果的に料金は組長が支払うこととなったため、その後しばらくの間、ビクビクと過ごしていたが、幸いなことに組長からのアプローチはなかった。そんな小心者の私からみると、著者の闇社会に対する取材の切り込み方は敬服する以外にない。
大阪府警暴力団担当刑事を主人公にするこのノンフィクションには、警察と暴力団の血なまぐさい抗争劇は一つもない。読み進めるほどに明らかになるのは、芸能界、格闘界、財界や金融界と闇社会の間でなされる儲け話の手口の一部始終である。山口組ナンバー2の一五億円という巨額の保釈金の帯封から手がかりを探るくだりなど、資金源を断つことで山口組撲滅作戦を展開していく強面の刑事たちの地道な捜査と、そこから導かれる事実は驚愕の連続といえる。その捜査の過程で島田紳助を引退に追い込んだ闇社会とのかかわりも明らかになっている。
暴力団排除条例が全国で施行されたのは、おそらく闇社会の資金源を根絶するためのはずだ。だが実際には、復興予算に群がる闇社会の実態は指摘されるだけにとどまり、闇社会がバックにいるとされるオレオレ詐欺被害も後を絶たない。主人公たちの必死の捜査にもかかわらず、闇社会の情報網がそれを凌駕するからだ。
金の匂いがするところに彼らは群がり、捜査の網をすり抜けてそれを食い尽くす。本書を読んで、そんな現代の闇社会の行動原理がわかりかけた瞬間、あの時組長が私のような金に縁のない人間にアプローチしなかった理由がよくわかった。
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