“隠れトランプ旋風”が吹いたハーバード大 インテリ学生が支持する理由とは
■「ハーバード大学」にも吹き荒れた「隠れトランプ旋風」(1)
米大統領選を狂乱の渦に巻き込んだドナルド・トランプ(70)。彼の支持者は白人の低所得層とされてきたが、実は世界中の英知が集うハーバード大学でも“旋風”は吹き荒れていた。財務官僚を経て現在は弁護士の山口真由氏が、トランプ支持に走ったインテリ層の闇に迫る。
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ドナルド・トランプ(70)
昨年の夏から1年間、私はハーバード大学ロースクール(法科大学院)に留学していた。トランプが米大統領選への出馬を電撃表明したのは、私が渡米する直前の昨年6月16日のこと。
当初は泡沫候補と思われた彼が共和党の候補者に指名され、ついにはヒラリー・クリントンとの本選に臨むまでになったプロセスを、偶然にも現地で体験したのである。
今回は私自身の経験を踏まえ、ハーバードにおけるトランプ支持者の実態に触れながら、この“現象”について考えてみたい。
粗野で無教養、差別意識を隠そうともしない南部の白人男性たち。これがアメリカ人の抱く、トランプ支持者の典型的なイメージだろう。ハーバード大学のイメージは、その真逆を行く。なにしろ、「ハーバード・コミュニティ」は世界中の知性が集まる場所なのだ。
実際、ハーバードでのトランプ人気は著しく低い。そもそも、アメリカの「リベラルの牙城」として知られるこの大学の学生のうち、共和党支持者はわずか13%に過ぎない。洗練されたハーバードのインテリたちにとって、移民や女性に対する差別意識を隠そうともしないトランプは、私生活でも一線を画したい存在に違いない。
だが、それはトランプを大統領候補に推した、共和党の教養ある支持者にとっても同じだ。なぜなら、彼らこそ、「共和党=差別主義者」というイメージと長らく戦ってきたのだから。
■共和党インテリ層からも批判
ハーバードには共和党支持者たちで組織された「ハーバード・リパブリカン・クラブ」がある。しかし、このクラブは今年8月4日、トランプに三下り半を叩きつけたのだ。
言っておくが、ハーバード・リパブリカン・クラブが、共和党の大統領候補に不支持を表明したのは128年に及ぶ歴史上、初めてのことだ。これは異例中の異例の事態と呼べる。クラブの公式フェイスブックにはこう綴られている。
〈トランプはコンサバ(保守)ではない〉〈共和党が、いやアメリカ人が共有してきた価値観は人間の尊厳である。それを踏みにじるトランプを、我々は恥じる〉
格調高くかつ激烈な言葉でトランプを批判するクラブの宣言から伝わってくるのは、共和党のインテリ層の怒りと悲鳴だ。
無論、その矛先は、ポリティカル・コレクトネス(直訳すると「政治的公正さ」、全てのマイノリティを差別しないという意味)に欠けるというイメージを払拭するための共和党の努力を水の泡にした、トランプに向けられている。
ところが、そんな四面楚歌のトランプを支持する学生が、実はハーバード内には存在しているのだ。
しかも、彼らは一般的なトランプ支持者のイメージとはかけ離れた、極めて知的な思惑を持っていた。
■最高裁判事の方が大事
共和党を支持する上品な男子学生は、トランプの俗っぽさに眉をひそめながらもこう明かした。
「大統領は所詮、4年間の我慢だ。でも、連邦最高裁の判事は死ぬまで続く。それこそ40年の我慢になるかもしれない。トランプに耐える方がよっぽどマシだよ」
彼の発言には少々、説明が必要だろう。
まず、アメリカの連邦最高裁は日本の最高裁よりも影響力が大きい。なにしろ、アメリカでは最高裁の下した判決が、そのまま法律としての効力を有するのだ。連邦最高裁の判事は9人で、一度任命されれば基本的にはその人が亡くなるまでの終身制である。任命権を持つのは、大統領その人だ。
連邦最高裁の判事は、長らく共和党の任命した保守系判事が5人、民主党の任命したリベラル系判事が4人という構成だった。
ところが、である。
共和党に任命されたアンソニー・ケネディ判事は、徐々にリベラル側に寄っていき、特にLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダーの頭文字。いわゆる性的マイノリティを指す)の権利にはとても同情的だ。
それが、昨年6月の同性婚を認める連邦最高裁判決に繫がった。宗教的な理由に基づき、同性婚には絶対反対を貫いてきた共和党支持者にすれば、腸(はらわた)が煮えくり返るような裏切りだろう。
さらに、共和党支持者を絶望させたのは今年2月、保守派の大論客であるアントニン・スカリア判事が79歳で息を引き取ったこと。
つまり、最高裁判事には現在、空席がひとつあり、次の大統領が任命権を握っているのである。ヒラリーが大統領になれば、民主党系のリベラルな判事を任命するのは間違いない。となれば、ケネディ判事を計算に入れなくても、リベラル系判事が最高裁で多数派を形成することになる。
1950~60年代のアメリカでは、アール・ウォーレンというカリスマ判事に率いられたリベラル優位の最高裁が、アメリカの舵を大きく左に切った時代があった。
黒人と白人の学区を分けるのは違憲、女性の避妊を認めないのも違憲……。ウォーレン判事率いる最高裁による立て続けのリベラルな判決に、保守派は泡を食った。伝統的に保守派はキリスト教の教えを固く信じる白人で、彼らは黒人と同じ学校に子弟を通わせたいとは思わず、避妊なんてキリスト教の教えに反する不道徳な行為だと考えていた。
共和党支持の保守派からすれば悪夢のような時代。その再来を避けるためには、“トランプに耐える方がよっぽどマシ”なのだ。
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「ハーバード大学」にも吹き荒れた「隠れトランプ旋風」(2)へつづく
特別読物「民主党の牙城『ハーバード大学』にも吹き荒れた『隠れトランプ』旋風――山口真由(弁護士)」より