神酒から酒器まで、歴史と文化を辿る/『酒』
一九六八年創刊の「ものと人間の文化史」叢書は、派手さはないが味わいに富むシリーズだ。道具や食べ物、技術など、かつて日本人の生活に密着していた具体的なものを通じて、文化・文明の基礎を問い直すというのが趣旨で、ほぼ半世紀間、毎年数冊の刊行を重ね、最新刊の本書は一七二冊目になる。『狩猟伝承』『蛇』『石垣普請』『かまど』などユニークな既刊は少なくない。
酒(日本酒)といえば、日本人の儀礼と食生活になくてはならぬ必須のアイテムで、シリーズ格好のテーマとしてもっと早い時期に刊行されていて不思議はないが、どうしてか今回初めてのラインアップとなった。
アルコール飲料である酒は、糖分を原料とするかでんぷんを原料とするかで、二分される。ブドウ糖や果糖などの糖分は自然酵母によるアルコール発酵で簡単にアルコール化するのに、でんぷんは一旦ブドウ糖に分解された後でないとアルコール発酵しない。前者にはワイン、ヤシ酒、馬乳酒などが、後者にはビール、日本酒、老酒、イモ酒などが属する。その際でんぷんをブドウ糖化するのに必要な酵素がアミラーゼで、モヤシ(麦芽)やカビ、口中の唾液などに多く含まれる。どのアミラーゼを使うかでも、世界の酒文化圏は大きく色分けされる。
ちなみに日本酒では、蒸した米粒にカビ(麹菌)を発生させた麹が使われる。ただし、かつては日本でも唾液のアミラーゼが使われたことは、アイヌや沖縄の口噛み酒の伝承からも明らかなようだ。酒の醸造「かもす」が「かむ(噛む)」と同根であること。「杜氏(とうじ)」が女性戸主を表す古称「刀自(とじ)」に通ずること、などに咀嚼を含めて酒造りにおける女性の役割の大だったことの明瞭な痕跡がある、という人もいる。
本書は酒造技術史の立場から、各地の神社に伝わる「神酒」「古代日本の酒」「中世・戦国の酒」「江戸時代の酒」の実態にせまる。進化発展がおのずと通観できる。醸造酒にはまれな二十度近いアルコール度数といい、日本酒がほぼ現在の姿になったのは、戦国末期に(1)段掛け、(2)寒造り・諸白造り、(3)火入れの諸工程が、奈良・興福寺の塔頭で開発されてからで、さほど古いことではない。いちいちの説明はちょっと手に余るが、たとえば火入れとは腐敗防止のための加熱で、今でいう低温殺菌法のこと。
付録のように添えられた江戸末期の日記の紹介が面白い。金沢の食生活を子細に描く儒者・金子鶴村の『鶴村日記』、津軽の酒造家による『萬覚帳』『年中日記』、南部盛岡藩三戸の与力の『萬日記抄』……。金沢では思いの外豊かな食生活が送られる一方、津軽では凶作による酒造り禁止令下、顔を隠した藩士が酒の無心にくる様子などが描かれている。